| ◆ プ ラ ダ 物 語 ◆ |
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1913年、マリオ・プラダがミラノのドゥオモ近くに革製品の店「プラダ兄弟商会」を開きました。
マリオは最高級の革から「ワニ革」や「オーストリッチ」などの珍しい革を世界中から集め、旅行カバンや革小物を発表しました。
そして「エレガントでハイセンスな商品を作るデザイナー」として、ブルジョアの間で評判になり、イタリア王室の御用達ブランドとなりました。
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1913 |
しかし、時代は流れて、「動物愛護」運動が広まったり、流行も流れて、人気はだんだんと落ちていきます。
マリオが1958年に他界した後は、プラダは時代の流れに溺れてしまい、全くの無名ブランドに沈没してしまいます。
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1958 |
そんななか、救世主となったのがマリオの孫娘、3代目のミウッチャ・プラダです。
ミウッチャは1970年代後半からプラダの経営とデザインに参加します。そして、マリオが生前、旅行用のバッグに使用していた工業用防水ナイロン生地「ポコノ」に目を向け、革と併用した新しいバッグを開発します。
これが世界中でセンセーショナルな大ヒットとなりプラダは再躍進していきます。
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1970 |
その後も次々と新しいアイデアのバックを発表し、1985年には靴を、
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1985 |
1989年にはレディースウェアのコレクションをスタートさせます。
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1989 |
またまた、1993 S/Sからセカンドラインの「ミュウミュウ 」を、
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1993 |
95年にはメンズウエア、
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1995 |
1998-99 A/W から「プラダ・スポーツ」を発表し、更なる躍進を続けています。ちなみに、ミュウミュウはミウッチャの子供の時のニックネームです。
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1998-1999 |
それから、99年には、ヘルムート・ラング 、ジル・サンダー 、イギリスのシューズメーカーのチャーチーズと、他社を次々と買収し、LVMH とは「LVP」という合弁会社を設立して、フェンディ を傘下に収め拡大していきます。
現在のプラダグループ総帥はミウッチャの夫のパトリッツィオ・ベルテッリです。
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1999 |