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  PRADA プラダ  
 
 “私は「プラクティカル(実用的なこと)」にとても関心があります。
 アートでさえ、私にとってはプラクティカル。自分の人生にとって大切なこと、という意味ではアートもそうでしょう?
 あらゆるものは人の心に溶け込み、人生に溶け込むべきですよね。つまりプラクティカルであることは、人生を生きることなんです”
ミウッチャ・プラダ
(流行通信 August, 2003 vol 482
(インファス・パブリケーションズ)
現 デ ザ イ ナ ー
 ミウッチャ・プラダ(Miuccia PRADA)。
1950年、イタリアのミラノに生まれる。

 プラダ創業者マリオ・プラダの孫娘であり、ミラノ大学で社会学を専攻し、博士号を受ける。

 「日常を贅沢に飾る」をコンセプトとし、現代的で革新的な素材使いやデザインの斬新さと、伝統や歴史等の過去とのみごとな調和で世界的なブームを巻き起こす。

 彼女ほど女性の内面を表現できるデザイナーはいない、と評される。
プ ラ ダ 物 語  
 1913年、マリオ・プラダがミラノのドゥオモ近くに革製品の店「プラダ兄弟商会」を開きました。
 マリオは最高級の革から「ワニ革」や「オーストリッチ」などの珍しい革を世界中から集め、旅行カバンや革小物を発表しました。
 そして「エレガントでハイセンスな商品を作るデザイナー」として、ブルジョアの間で評判になり、イタリア王室の御用達ブランドとなりました。
1913
 しかし、時代は流れて、「動物愛護」運動が広まったり、流行も流れて、人気はだんだんと落ちていきます。
 マリオが1958年に他界した後は、プラダは時代の流れに溺れてしまい、全くの無名ブランドに沈没してしまいます。
1958
 そんななか、救世主となったのがマリオの孫娘、3代目のミウッチャ・プラダです。
 ミウッチャは1970年代後半からプラダの経営とデザインに参加します。そして、マリオが生前、旅行用のバッグに使用していた工業用防水ナイロン生地「ポコノ」に目を向け、革と併用した新しいバッグを開発します。
 これが世界中でセンセーショナルな大ヒットとなりプラダは再躍進していきます。
1970
 その後も次々と新しいアイデアのバックを発表し、1985年には靴を、
1985
 1989年にはレディースウェアのコレクションをスタートさせます。
1989
 またまた、1993 S/Sからセカンドラインの「ミュウミュウ 」を、
1993
 95年にはメンズウエア、
1995
 1998-99 A/W から「プラダ・スポーツ」を発表し、更なる躍進を続けています。ちなみに、ミュウミュウはミウッチャの子供の時のニックネームです。
1998-1999
 それから、99年には、ヘルムート・ラング 、ジル・サンダー 、イギリスのシューズメーカーのチャーチーズと、他社を次々と買収し、LVMH とは「LVP」という合弁会社を設立して、フェンディ を傘下に収め拡大していきます。
 現在のプラダグループ総帥はミウッチャの夫のパトリッツィオ・ベルテッリです。
1999
 
                 
             
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