| ◆ ヴ ィ ト ン 物 語 ◆ |
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創業者ルイ・ヴィトンは当時養母との仲が悪く、ついには家出をしてしまいます。
まだ14才の少年だったルイ・ヴィトンは、人に雇われながら2年間、旅を続け、ようやく400キロ離れたパリへとたどり着きました。
そして憧れのパリの街で、ルイ少年は荷造り用木箱製造兼荷造り職人として働き始めました。 |
1835 |
それから約20年の月日が経って、30を過ぎたルイ・ヴィトンは、まだ旅が限られた人にとっての特権だった時代に、世界初の旅行カバン専門店「ルイ・ヴィトン」を、パリ、ヌーブ・デ・キャプシーヌ通り4番地に設立し、自作のトランクを発表します。
木と鋲で作られた重々しいトランクが日常的だった当時に、蓋が平らになっていて、革より軽く、防水加工を施した無地でグレーのコットン素材の「グリ・トリアノン・キャンバス」を使用した自作トランクは、その実用性とデザイン性が馬車の荷台に積みやすくてマッチし、パリの街でものすごい評判になりました。
やがて、ナポレオン皇妃が、旅行用ワードローブをオーダーするなど、貴族たちからの発注が拡大して生産が追いつかなくなっていきます。
そこで、パリ郊外のアニエール市に工場を拡大移転し(ここは、今も工場所在地)、67年には、パリ万国博覧会でトランクが銅メダルを受賞します。 |
1854 |
| 人気とともに次々とコピーされる新作に対して、「登録商標ルイ・ヴィトン」の文字を入れた市松模様「ダミエ・キャンバス」を創作します。 |
1888 |
ヴィトンとコピー商品との戦いは終わることなく、2代目ジョルジュ・ヴィトンのアイディアで、「モノグラム」が誕生しました。
LVのロゴや、花・星を組み合わせたモノグラムの柄は、日本の家紋からインスピレーションしたと言われています。 |
1896 |
| そして、3代目ガストン・ヴィトンが現在のモノグラムの素材、トアル地を発表します。この開発によって、ソフトタイプのバッグの製作が可能になりました。 |
1959 |
| 創業より約130年後、ルイ・ヴィトン・ジャパンを設立します。 |
1981 |
| この2〜30年の間では型押ししたレザーカーフにカラフルな染色が施された「エピ・ライン」(フランス語で「麦」の意)を発表し、 |
1986 |
| メンズ向けの「タイガ」、カーフを使った格式高い「オペラ」、さらにはエナメルのような光沢と鮮やかなカラーを持つ「ヴェルニ」シリーズと、ラインナップを拡大していきます。 |
1993 |
そして98年、若手デザイナー、マーク・ジェイコブスを迎えて、プレタポルテへの参入を表明します。
以来、アーティストとコラボレーションする形で時代を先取りして、スティーブンス・ブラウスとのコラボ「モノグラム・グラフィティ」、村上隆とのコラボ「モノグラム・マルチカラー」「モノグラム・チェリーブロッサム」などを発表しています。 |
1998 |