| ◆ デ ィ オ ー ル 物 語 ◆ |
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| フランスのノルマンディ地方グランビルに裕福な実業家の家に生まれたディオールは |
1905 |
| 外交官を目指して政治学院に通うことになりますが、在学中に当時、台頭していたシュールレアリスム(超現実主義)に魅せられて、友人と画廊を開設し、ダリやコクトーなど多くの芸術家と親交を深めますが、29年のアメリカのニューヨーク・ウォール街の株価暴落から始まった世界規模の恐慌に見舞われ失職してしまいます。
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1930 |
それから約15年後、第二次世界大戦の終戦から間もない時代、メゾンで働くディオールの才能に目を止めた木綿王マルセル・ブサック (繊維業界で成功した大富豪で、『コットン王』とも呼ばれた)の援助を受け、遅咲き41歳で独立します。
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1946 |
そして翌年S/Sコレクションでパリにデビュー。「花冠ライン」を発表。徹底的に贅沢で華やかなコレクションは、当時「ニュールック」と名づけられ、世界のモード界に旋風を巻き起こします。
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1947 |
48年には香水部門の会社「パルファン・クリスチャン・ディオール」を設立し、アメリカにおいてライセンス生産を開始します。
同年「ジグザグ・ライン」を発表。続いて「パーティカル・ライン」、「オーバル・ライン」、「シニュアス・ライン」、「チューリップ・ライン」、「Hライン」、「Aライン」、
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1948 |
「アロー・ライン」と、次々と新しい手法を生み出し、『流行の神様』とも呼ばれました。
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1956 |
クリスチャン・ディオール本人の写真が雑誌『タイム』の表紙を飾り、従業員も1300人に達する程拡大していきました。
しかし、この黄金期の真っただ中、ディオールはイタリアの湯治場モンテカティーニで、心臓発作のため急逝します。
ディオール死後、イヴ・サンローランが弱冠21歳で主任デザイナーに抜擢されます。
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1957 |
そしてイヴ・サンローラン初のコレクション「トラペーズ(台形)ライン」を発表。繊細で大胆な個性に賞賛が集まりますが、
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1958 |
イヴ・サンローランがアルジェリア戦争の軍役に召集されてしまいます。そこでロンドン店デザイナーのマルク・ボアンが後任デザイナーに就任。
以降、マルク・ボアンはロマンティックかつ上品な作風で、映画をはじめ、演劇、オペラ、バレエなどの衣装も多く手がけます。
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1960 |
| 「スリムルック」を発表。 |
1961 |
| 「サファリルック」を発表。 |
1967 |
| 「パルファン・クリスチャン・ディオール」がモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(現LVMH)に買収され、世界最大のラグジュアリー・ブランド・グループの一員となります。 |
1968 |
| 「マキシルック」を発表。 |
1970 |
| 親会社の「マルセル・ブサック・グループ」が倒産。流通大手のウィロ兄弟によって救済され、今度は「アガッシュ=ウィログループ」に入ることになります。 |
1978 |
| フランスの実業家ベルナール・アルノー(雑誌『フォーブズ』の2006年度世界長者番付において、世界で7番目の長者に選ばれている。 時に『ファッションの法王』などと呼ばれることもある)がフランスの投資銀行「ラ ザール・フレール」と組んで「マルセル・ブサック・グループ」を買収。 |
1984 |
アルノーが「クリスチャン・ディオール」の社長となります。(90年にはLVMHの社長に)
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1985 |
| ジャンフランコ・フェレが主任デザイナーに就任。 |
1989 |
| ディオール創立50周年、ジョン・ガリアーノがデザイナーに就任。 |
1996 |
| 12月、東京・表参道にクリスチャン・ディオール表参道店をオープン。 |
2003 |